詭弁の特徴15条
例:「犬ははたして哺乳類か」という議論をしている場合

あなたが「犬は哺乳類としての条件を満たしている」と言ったのに対して否定論者が…

1.事実に対して仮定を持ち出す
「犬は子供を産むが、もし卵を生む犬がいたらどうだろうか?」

2.ごくまれな反例をとりあげる
「だが、尻尾が2本ある犬が生まれることもある」

3.自分に有利な将来像を予想する
「何年か後、犬に羽が生えないという保証は誰にもできない」

4.主観で決め付ける
「犬自身が哺乳類であることを望むわけがない」

5.資料を示さず持論が支持されていると思わせる
「世界では、犬は哺乳類ではないという見方が一般的だ」

6.一見、関係がありそうで関係のない話を始める
「ところで、カモノハシは卵を産むのを知っているか?」

7.陰謀であると力説する
「それは、犬を哺乳類と認めると都合の良いアメリカが画策した陰謀だ」

8.知能障害を起こす
「何、犬ごときにマジになってやんの、バーカバーカ」

9.自分の見解を述べずに人格批判をする
「犬が哺乳類なんて言う奴は、社会に出てない証拠。現実をみてみろよ」

10.ありえない解決策を図る
「犬が卵を産めるようになれば良いって事でしょ」

11.レッテル貼りをする
「犬が哺乳類だなんて過去の概念にしがみつく右翼はイタイね」

12.決着した話を経緯を無視して蒸し返す
「ところで、犬がどうやったら哺乳類の条件をみたすんだ?」

13.勝利宣言をする
「犬が哺乳類だという論はすでに何年も前に論破されてる事なのだが」

14.細かい部分のミスを指摘し相手を無知と認識させる
「犬って言っても大型犬から小型犬までいる。もっと勉強しろよ」

15.新しい概念が全て正しいのだとミスリードする
「犬が哺乳類ではないと認めない限り生物学に進歩はない」


参考:18条パターンの追加項目
16.全てか無かで途中を認めないか、あえて無視する。
「全ての犬が哺乳類としての条件を満たしているか検査するのは不可能だ(だから、哺乳類ではない)」

17.勝手に極論化して、結論の正当性に疑問を呈する。
「確かに犬は哺乳類と言えるかもしれない、しかしだからといって、哺乳類としての条件を全て持っているというのは早計に過ぎないか。」

18.自分で話をずらしておいて、「話をずらすな」と相手を批難する。
「現在問題なのは犬の広義の非哺乳類性であり、哺乳類であるかどうかは問題ではない。話をそらすな」

これに付記するものとしてKusakabe(void)論法がある。


追加項目
19.権威主義におちいって話を聞かなくなる。
「生物学の権威じゃないおまえには犬について議論する資格が無い。生物学者に意見を聞きたい」

(clioneからリブログ)

101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/30(水) 00:03:56.62 ID:yVreGnKb0

俺んちは家庭内通貨が存在して、

家事手伝いすることで家庭内通貨をもらえたよ。

お菓子レベルの日用品や、生活に必要なものはそこから親経由で購入。


ゲームとかのオモチャ類は、日本円に換金して買うことになっていた。

最後に受けた中間・期末テストの平均点が日本円との交換レートになってて、

高得点とれたらその分だけ得だった

118 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/30(水) 00:07:13.35 ID:SkEjWbkH0


»101 

お前ん家すげーな


153 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/30(水) 00:13:02.11 ID:U0A6FuTP0


»101 

ちょっと楽しそうでワロタwwwww

(f1atからリブログ)
いいかげんな知識で議論する人の方が、声が大きくて白黒はっきりしているので皆に受けいれられやすい。知識が深く濃くなるにつれ物事がそう割り切れるものばかりでないことがわかってくると、一般受けするように簡単に言えなくなる
(ryuseimからリブログ)
「てめえの上司に圧力かけんぞ!」という実名最大のデメリットを振り回す人がフェイスブックを勧めてるってのはどういうギャグなんでしょう。
(ryuseimからリブログ)

兄が、尾崎豊急逝ニュースを聞いた時、本気で後追い自殺しようとしてた事。

先日実家に帰って母と倉庫の整理をしていたら、兄の書いた遺書が出てきた。
(母が大事に取っておいていたらしい)汚い字で、
「俺は生きる希望を失ってしまった。
この荒廃した世の中で、俺は埃にまみれて立ち尽くすばかりだ。
彷徨い路頭に迷った俺の前に現れた一筋の美しい光、それが尾崎だった。
生きることに傷つき絶望していた俺を救ったのがその光だ。
尾崎のいないこの世の中で、どうやって生きていけというのだろう。
(以下省略、尾崎の歌詞らしき文もあった)
父さん、母さん、先立つ不幸をお許しください。○○」

読んでいるこっちの方が、呼吸困難で死にそうになるくらい笑い転げた。

あまりにも面白かったので兄にFaxしてやったら、
電話の向こうで「うわあああああ亜wせdrftぎゅhじこお;」と叫んでいた。

遺書 (via mcsgsym)
(ryuseimからリブログ)
ダルビッシュが9回完封間近で交代したそうだけど、たとえばサッカーでもその日活躍した選手をあえて残り時間わずかの時に交代するのは、観衆全体がその選手ただ一人のために拍手喝采する時間を作るためだという解説を仕事場にいるミラニスタが教えてくれて、なるほどそういう文化かと納得した。
(kobesportsclubからリブログ)

スマートフォンってな丸亀製麺みたいなもんで、具はこっちが選ぶから、取り敢ず素饂飩が欲しいわけですよ。処が日本のメーカーときたら、勝手に肉を入れたり天麩羅を入れたり…

  • 日本のメーカーって、素うどんで金を取るっていう真っ当な商売から外れて「素うどんをほぼタダで売って、代わりに肉やてんぷらを売りつけて儲ける」みたいなビジネスモデルに依存してきてるからなぁ。
(takojimaからリブログ)
古くからの友人(独身女性)が、「モテすぎるから」と左手薬指に指輪をはめていました。
派手なほうではないし、男女の出会いの場に行くようなタイプではないのですが
確かにモテるので(顔はかわいい)、なんとなく気づいたことをメモしておきます。

・本人はいたってまじめに選んでいるらしいけど、いつも変な服を着ている。話題にせざるを得ない。

・メールの返事が早い

・ご飯会などのイベントのセッティングが早い

・勉強は得意ではないけど話は面白い(話術ではなく、なんだか耳を傾けてしまう)

・やわらかそう 用もなくつつきたくなる

・頼りない(と周囲が思うほどには頼りなくない)

・基本的にニコニコしている

・徹夜をしているときなど、本気で心配してくる

・急な予定に誰かを誘うとき、真っ先に思い浮かぶ

・忙しそうにみえない(本当のところは知らないけど)

・家族を大事にする

・遅刻をしても嫌な思いをさせない(まあ、彼女なら仕方ないなあ)

先日、思いがけず抽選で自転車が当たりました。
しかしすでに愛用している自転車があったので、どうしよう、と思っていたときに
すぐに思いついたのが彼女のことです。
以前、自転車をほしがっていたこと。
連絡したら、その日のうちにやってきて、大喜びで新品の自転車を引き取っていきました

ひとつの才能だと思います。
(ryuseimからリブログ)

マニュアル化出来る仕事は、マニュアルが完成すると買い叩かれることになる。仕事が丁寧にできることだとか、あるいはマニュアルをきちんと守れることは「いいこと」だけれど、その良さはお金につながらない。

将来的にマニュアル化が可能な場所において、「マニュアルを守れる人」には未来がない。「マニュアルを作れる人」には、「そこでマニュアルを作った」ことが実績になって、まだしも次につながる可能性がる。

動作を言語に落としこむのは、簡単なようでいて案外難しい。

その作業に慣れている人ならば、「こうやればいいんだ」と演じてみせることはごく簡単なことなのに、「こう」を言葉に置き換えたとたん、「こう」は遠のく。動作を言葉に置き換えて、誰にでも再現可能な作業から結果を導けるような文章を作れる人は少ない。

人間は普段、人間の感覚で動作する。他人の動作を外側から観察する人は、特に観察者がその業界に詳しくない人の場合には、人間の動作を昆虫の感覚で観察することになる。

内側に骨格を持った人間と、外骨格を持つ昆虫とでは、動作の感覚は全く異なってくる。昆虫の感覚で作業を観察した人に、人間の動作を記述した手順書を読んでもらっても、動作を再現することは難しい。

その動作に熟達したベテランは、自分がまだ初心者であった「昆虫の感覚」を忘れていることが多くて、人間の感覚に基づいたマニュアルは、どれだけそれが親切に書かれていても、人間の感覚が理解できない初心者には何が書いてあるのか分からないし、ベテランの動きを一生懸命観察したところで、内側のことは外から見えないから、熟達しない。

作業の過程を記述するのは難しい。慣れた人が内的にやっている動作は、その人にとってはもはや当たり前に過ぎて、外から見て自分がどんな動きをしているのか、ベテランはしばしば分からない。過程を言葉に置き換えるためには、まずは自分の動作を文章にして、今度はその文章に従って、実際に動いてみないといけない。

動作がきちんと言葉に置き換えられていれば、今まで簡単にできた何かが、いきなりできなくなっていることに気がつく。「できない」ことに気がつくと、今度は自分の文章にかけていたものが見えてくる。効率を落として、そうした体験を繰り返すことで、ようやく「できる」を記述できるようになる。

マニュアル本を作ると、最初はかえってミスが増えるし、作業の効率は落ちていく。そうならなかったら、その人の書いたマニュアル本は、全く使えないものである可能性が高くなる。

動作の言語化は、人間であったベテランが、昆虫としての動作を取り戻す工程でもある。自分自身は何も変わっていないのに、動作の骨格が書き換わるから、今まで何も考えずにできた成果に届かなくなる。文章を改良して、ずいぶん時間がかかって、ようやく同じ場所にたどり着ける。実際にこれをやるのは面倒で、できる人はそんなに多くない。

マニュアル本はそういう意味で、ベテランその人に書いてもらうよりも、むしろ職場のベテランを初心者が観察して、その動作を言葉に落としたほうが成功する。ベテランはたぶんそれを読んでも「ぜんぜん違う」という感想を持つけれど、ベテランが自分で書いたマニュアルと、初心者がベテランを観察したマニュアルとを比べると、後者のほうが分かりやすくて、動作の再現性が高くなる。

動作はたぶん、最初は誰もが昆虫的な、外側を目で見たものを再現することで伝達され、動作に慣れていく中で、ようやくそれが、人間としての動きへと置き換わっていく。

マニュアル本の作りかた - medtoolzの本館

今自分がやろうとしていることはこれだとわかった。

(via aleo724)
(aleo724からリブログ)